9年続けたTwitterをやめた

9年続けていたTwitterのアカウントを1ヶ月ほど前に削除した。

やめるまでの経緯

Twitterをやめたいと思いはじめたのは2年ほど前からだった。アカウントを作ったときの自分とは考え方も変わっていて、自分にとってプラスになることしかしたくないと思うようになった。

ここで言うプラスとはただ勉強や教養といった意味ではなく、例えばゲームをするのは楽しくて心が安まるというのも含む大きく捉えたものである。そう考えてもTwitterで得る情報は一晩寝たあとどころか、30分後にはもう覚えていないというのが常で心はただ荒み嫌気が差していた。

とはいえ突然アカウントを削除するのもどうかと思ったので、自分にとって心地よい関わり方を探るため今年の3月頃からツイートをやめ、見るアカウントは公式が運営しているアカウントに絞り様子を見ることにした。

離れて気づいたこと

Twitterを半年間離れてみて、どれだけ他人を気にして生きていたかを痛感した。

流行についていけなくなるのではないか、現代でSNSを使わず生活することはできるのかなど不安もあったが杞憂だった。

以前ならテレビで面白いシーンがあればすぐ検索し他人の反応を見ていたのが、今では全く気にならない。映画の感想を読むことでそれがバイアスになり、楽しめなくなることもない。

さらにはSNSだけでなくネットサーフィンですらしんどいと感じるようになり、今までのネット依存気味の生活も解消された。いたずらに感情が揺さぶられ疲れるようなこともなくなり、毒気が抜けた。

それからTwitterのない生活があまりに静かで快適で、もう以前の状態には戻りたくないと思ったのでアカウントを削除した。今では公式アカウントの類も見なくなった。

フォロワーの方々に挨拶をするかどうか迷ったが、やめるというツイートをしている人はすぐに戻ってくるというジンクスがありそうなのと、Twitterはアナリティクス機能でプロフィールへのアクセス数を確認でき、そのページを見る限り自分を気にかけている人もいないだろうと思い、アカウントは黙って削除した。このブログにやめたという記録だけ残しておく。

SNSは使い方が難しい

要するに自分はSNSの使い方が絶望的に下手らしい。SNS自体が悪だとは思わない。

SNSを活用している人は自己表現の手段として使っているが、大して表現したいものも持っていない人にはそれが目的となってしまい時間を浪費してしまうというのが結論。

今までTwitterで交流してくださった皆さん、本当にありがとうございました。長年Twitterをやっていたにも関わらず、世間で言われるSNSの負の側面を経験せずにいられたことにも感謝しています。SNSが皆さんの生活をより豊かにするためのツールであり続けることを切に願っています。